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実のところ, あまり好きな小説ではありません. (もちろん嫌いではないですが).
どういう訳か, 内容が好きではなくても, 安部公房の``文体''と言いますか, 彼の小説そのものが好きです. 彼の文章を読んでいると, それだけで背中が「ビリビリ!!」と感じるのです. これは他の小説家に対しては全く観測されない現象です.
この本の特徴は, あるいは安部公房の小説の特徴は, 登場人物が極端に少ないことです. (まぁ,もともと日本の小説は登場人物が少ないですね, 西洋の小説なんかを読むと10人も20人も出てくるので, 把握するだけで大変です.)
たいていは「男」と「女」と「男のわき役・1, 2名」という構図があります. 丁度,藤子藤雄のアニメに見られる「のび太」「しずかちゃん」 「スネ夫」「ジャイアン」の構図みたいなものですね. もっと極端に言えば, 「男」と「女」が延々と話つづけるだけというのも,ありです. さらに,たいていは「女」が「男」を誘惑します. あるいはその逆です.
ぼくの``女性''というものに対するイメージは, この辺に由来するものが大きいような気がします. 「信じたいけれど、最後の最後で信じ切ることができない対象」なのです. たぶんそれは当たっていて, それを分かった上で乗り越えなければいけないものなのでしょう,きっと.
さて,「他人の顔」のモチーフですが, それは題名にもあらわれている通り「顔」です. 結論から言えば,
``人間の魂は「顔」に宿っている''という主題があります. ``顔''を``皮膚''と置き換えても構いません.
偏見,人種差別,恐怖,そういった人間の根深い感情の大部分は, そんな本能的(つまり理性的の反対)な単純なメカニズムに支配されている, ということです. 安部公房の世界には「外見が全て」という, 彼の信念が貫かれているような気がします.
誤解のないようにつけ加えておきますが,
それはこういうことです.
``軍服が兵士を作る.''
``制服が女子高生を作る.''
``怪獣の醜い顔が怪獣の醜い心を作る''
ぼくの魂はぼくの皮膚に宿っている.
短篇集です.
``赤い繭''という短篇は,確か国語の教科書に載っていたと思いますので, (なぜ``赤い繭''が特別に選ばれたのか謎ですが), 覚えている人も多いでしょう.
さて, ``S・カルマ…''にも「のび太」「しずかちゃん」…の構図が存在します. 女の子は「Y子」という名で呼ばれますが, ここでは安部公房お得意の, 「ちょっとずる賢くて,キュート」な女性像が描かれています. 実のところ, ぼくはこの手の女の子たちにからっきし弱いのです.
安部公房が描く女性だから好きなのか, ぼくの好きな女性を安部公房が描くのか, どちらでも構いませんが, とにかく素晴らしく好みがマッチします. とても不思議です.
``バベルの…''の話を読むと「オ○ム事件」を 連想せずにはいられません. いつも思うのですが, 安部公房の頭脳は常に10年20年は現実を先取りしていて, まったく何もかもお見通しなのではないかと錯覚してしまいます.
``洪水''という話は, まるでおとぎ話を読んでいるようなタッチで, しかも決して寓話的な威圧感もなく, 素晴らしい「虚無感」を漂わせるお話です. ``安部公房的文章''というものを手っ取り早く体験するには, この短篇を読むのがいいかも知れません.
ずっと以前に読んだものですから, もう,「満州」の乾いた土地のイメージしか残っていません.
よく分からない話でした. 「ひもじい同盟」というグループの人々が, 社会構造の中で,どのように翻弄されてゆくか, あるいはその様子を描いているのですが,,, どのような意図で書かれた小説なのかは分かりません.
安部公房には珍しく,サスペンスと呼ぶべきか推理小説と呼ぶべきか, あまり面白くないストーリー展開が見られます (それは単に,ぼくの個人的趣味の問題ですね). しかし小説のモチーフは,``死に急ぐ鯨たち''で安部公房自身が 述べているように,ずっとずっと深いものです.
ぼくが感心するのは, まだ「計算機」(と呼ぶのさえはばかられる代物)が産まれて間もない時代に, ``未来予測マシン''という視点から「計算機」を扱っている点です. まるで天気予報にベクトルプロセッサを使うのが当り前のようにです. しかも小説のメインのモチーフは「バイオテクノロジー」ですよ, 信じられますか?! (まぁ,彼は医学部を出ていますから,そういう発想は不思議ではないとしても).
ちなみにタイトルは``第四''の``間氷期''という意味です. つまり押し迫った``現代''ということですね.
短篇集です.
短篇集になると,あまり印象に残っていないお話もあります. 実際のところ, 恥ずかしながら,最後の``水中都市''だけしか紹介することができません.
この小説には気に入っているセリフが2箇所あります. 安部公房の小説全部を含めても, 特別にセリフが好きだと言えるのはここだけかも知れません.
(引用省略)
「お父さん」はこの後,身体が膨張しはじめて, ついに限界を越えて``はじけた''「お父さん」から, ``魚''が産まれるのです. 安部公房のシュールな展開の中でも, この魚が産まれる``瞬間''は特に気に入っているシーンの一つです.
短篇集です.
``人魚伝''の中で「緑色過敏症」という病気が出てきます. ぼくの幼な馴染みの女の子で「光アレルギー」の子がいて, そんな病気があるのかと驚いたのを覚えています.
短篇集.
全体的に暗い話が多くて,あまり好きな本ではありません.
``R62号の発明''は, 新潮の``カセット本''で収録されているので, 特別に面白い訳でもないのにカバーの裏でよく宣伝されていますね.
``人間にそっくり''な自称「火星人」と, ``火星人にそっくり''な自称「地球人」の顛末を描いたSFです. なんだか「あっはっは」で過ごしてしまったような気がします. 短篇ではないですが,とても短い小説です.
短篇集でした.
一冊で長編小説の「サイコ・サスペンス」だと思い込んでいましたが, 久しぶりに手に取って見ると,なんと短篇集であることが判明. ぼくが思い込んでいたのは,どうやら最初の``牧草''だったようです.
確か,一度読んだ記憶があるのですが, 探してみると本棚にこの本がないのです. たぶん読んでるはずだと思うのだけど...
安部公房の書いた本の中で「最も好きな本」と言える本です. ぼくの原風景, 原形, あるいは深層心理的な実体 (おそらくそれは``戦争''の類なのですが) の共鳴周波数に最も近い振動を感じます.
不思議なもので, ぼくが初めて読んだ安部公房が``砂の女''でした. まだ中学生の頃で, 特別に文学少年だったという訳でもなく(今だってそうですが), しかし確実にぼくは安部公房の小宇宙に迷いこんでいってしまったのでした.
おかしな言い方かもしれませんが, ぼくは「女」に憧れていたのです. 今だって憧れているかも知れません. ``憧れ''という言葉は誤解を招くでしょうか. 「男」は必死になって脱出を考えますが, ぼくは恐らく, そんな風にはならないと思えるのです. 決して``愛''だとか``恋愛感情''だとか, そんなものではなくって, しかし「ぼく」はきっと「女」と一緒に生きてゆく運命なのだと, なんだか,そんな気がしてなりません.
「女」の生活は, どこかしら今のぼくの生活に似通っているような,,,これは錯覚でしょうか.
``砂の女''は安部公房が監督で映画になっています. 子供の頃にたった一度だけ見たっきりですので, あまり確かな記憶がないのですが, ほぼ小説を正しく映像化していたような気がします. 岸田今日子でしたっけ, 「女」の役をやっていたと思いますが, 彼女の歌う「ちゃ〜ぷ、ちゃ〜ぷ、ちゃ〜ぷ…」の独特の抑揚が, 未だに耳について離れません.
段ボール箱をヤドカリのように背負って生活する男の話です. ぼくの友人が,フジテレビの「文学といふもの」で放送された``箱男''の シーンを見て,興味を示していたことがありました. それは「ちょっとずる賢くて,キュート」な女が箱男を誘惑するシーンです.
箱男は,ぼくの個人的な意見としては, やはり最後のシーンが最も刺激的だと思います.
``熱風が吹いていた…''で始まるあたりですが, 正直な話, もうぼくには理解不能な領域なのですから.
最初読んだ時は,思わず「ポルノだ…」と思い込んでしまったのですが, どうなんでしょう, 今となっては, あの「学園都市」ならぬ「病院都市」というモチーフが面白いのでは ないかとイージーに思っています.
短篇集です.
この短篇集は,ぼくが想像するに「夢日記」に近いものがあると思います. その根拠は,大抵が``夢''っぽい, (ひょっとすると単なる思い込みかも知れませんが), つまり「脈絡がない」ことと, ``阿波環状線の夢''について安部公房が語っている文章の中で, 「あまりにもリアルな夢だったので, 起きた時に実際に地図を見て確かめた」というようなことを 述べている点です.
最後の``密会''は長編の``密会''の原型です. 長編``密会''では「軟骨萎縮症」という病気にかかった少女を中心に, 様々な人間模様を描いているのですが, この短篇でその「軟骨萎縮症」が登場しています.
短篇集.
``完全映画''は日本版「トータルリコール」です, と考えるのは逆で, むしろ「トータルリコール」を見た時に, これは安部公房だ!と感じました. そういった``既視感''は何度も経験しました. これも安部公房,あれも安部公房,,, そんな風ですから,大抵の作家の文章を読むと, 白けた気分になってしまいます.
安部公房,最後の長編小説です. この小説が安部公房の中で一番長いのではないでしょうか. たまたま実家にハードカバーで``方舟さくら丸''がありまして (もちろん親のものです), 休みの日に集中して一気に読んだ記憶があります.
この小説のモチーフは単刀直入にいって「核兵器」なのですが, この問題は,安部公房と全く関係の無いところで, ぼくの幼年期を長い間支配しつづけたのでした.
子供のころに見た夢にはパターンがあって, 「核兵器から逃げる」というジャンルの夢は,とりわけ沢山見たと思います. もちろん飛んで来るミサイル・ロケットから逃げるのではなく, これから来るという爆発と放射能から逃げるのです.
この深層心理に根を張った核兵器の恐怖 (しかも,それは国単位ではなく,ぼく個人の恐怖なのです!) は大学生になってからも長い間,ぼくの心を縛り続けていました. 最近になって,ようやく「忘れかけて」きたような気がします. それが良いのか悪いのかは別にして, 人間は核兵器の「恐怖」と一緒には生きては行けないのです.
話は戻りますが, ``方舟…''は「ユープケッチャ」という, 極端に閉鎖的な生態系を持つ「といわれる」生物を取り巻く人間模様を 描いた超大作です. そのボリュームから必然的に登場人物も多く, 人物間の関係をトレースするのが大変でした.
この主人公と外見が非常に似ている人を知っているのですが, 小説を読んでいく内に, まるで中身まで似ているような錯覚に陥ってしまって, そのたびに思い出し笑いをしています.
安部公房のインタビューをメインに, 彼の論説っぽい話が複数,掲載されています. 面白いところでは, 「三権分立」に関する話の中で, 彼が「四権分立」を提唱していることです. ``司法権'', ``立法権'', ``行政権''そして``教育権''です.
さて, 「鯨」という生き物は大変不思議な生き物です. ぼくはその中でも,なんとなく「シャチ」が好きです. あの柄,つや,ムチムチした身体, シャチを見ていると,とても幸せな気分になるのです.
DNAに刻まれた, 魚だった頃の遠い遠い記憶が, 古傷のようにうずくのかも知れません...
安部公房には死んで欲しくなかった!! 本当にそう思います.
彼の遺作となった``カンガルー・ノート''は, まるで長野まゆみの``野ばら'' (河出文庫)のような 悲しいファンタジックな世界を彷彿させてくれます. もう,けっこうな歳だったはずなのに, なんで安部公房にはこんな素晴らしいストーリーが書けるのでしょう?!
「ちょっとずる賢くて,キュート」,という永遠の女性像は最期まで 生き続けていたのでした. ただし,それは「男」が「女」を見る目線ではなくて, 「父」が「娘」を見る目線のような気がします. つまり,むしろ包み込むような,包まれてみたくなるような, そんな死に際の親の愛情みたいなものではないかと, 勝手に思っています.
一度でいいから生前にお会いしておきたかったと後悔しています.